夢待ち爺散歩《yumemachi》 

夢は観るもの・愛は育てるもの・心は許すもの・明日は信じるもの

時には心に撓みと音楽を♪
   ・・・人生に梦があるのではなく、梦が人生を作るんだよね・・・

毎朝のように、小生がひとり暮らす隣の離れ住まいに来てくれ、「じいじおはよう」と声をかけてくれる孫娘はまるで天使のように思えて来る。来ればいつもお菓子を捜し無ければ冷蔵庫まで覗いている、そんな彼女のために我が住まいにはお菓子を決して欠かす事は出来ないのである。お菓子を口にほうばりながら、いつも彼女は「どうして?なぜ?」と気になる事を片っ端から機関銃の如く聞いて来る、実に素直で逞しい宝物である。みんな子供の頃持っていた大切な宝物をどうして大人は忘れ他愛のない現実に捉われ振り回されてしまうのであろう・・あの頃の素直な優しさは忘れたくないものだ。
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来月3日のハンブルグペンショーの為、一週間ほどドイツへ行くつもりです。今回はペンランド店長も同行し親しい仲間たちとのワイワイ散歩。ちょっぴり不安ですがワシントンやロサンゼルスペンショーの様に楽しめればと考えています。今回はペリカンのパイネ工場視察やペリカンハノーバー本社も訪問する予定。さて右も左もさっぱりの方向音痴爺さんゆえどうなる事やらわからないが、いつもこんな調子ですからまぁケセラセラと参りましょう・・(笑)ペンランドカフェは2日~7日までお休み致します
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ブログに体調の事を大袈裟に載せてしまい多くの人が心配し連絡を頂きありがとう御座いました。加えて大変御心配かけて申し訳ありませんでした。暑い夏もようやく通り過ぎる中でやんちゃな気力もどうにか眼を覚ました感があります。気が付けば小さなベランダにお花や植物に囲まれてひとり寝そべって読書や音楽を楽しんでおりました。おそらく人生で初めての勤しみだったかも知れません。植物って素敵ですね、改めて感じ入りました。
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『世界の山ちゃん』の山本会長が59歳で逝ってしまった。最近では展示会等でたまにお会いするぐらいだったが昔彼とは経営・人材教育に関して二人で熱く語り合い、あちこちに学びをご一緒させて頂けた事が懐かしい。その昔『風来坊』の大坪さんにもお世話になったが、山本さんはとても謙虚で人を大切にし市場や現場に自ら足を運び真面目でいつも一歩引いて考える温厚な方だった。それでも最初の小さなお店を始めた頃から『世界の山ちゃん』、今も続けているかは解らないが、開店披露の際は国歌斉唱。国を憂い親を大切に思う気持ちは是非今の若い人にも学んで頂きたいと想う。名古屋から世界へ、そんな夢を最後まで持ち続け、世界の山ちゃんの夢はこれからも羽ばたいていく事であろう、心から哀悼の意を捧げたい。
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なんとか誤魔化そうと努力してきましたが、どうにも体調が優れず今はなるべく安静にしています。お預かりしているお仕事も今はすべてお断りさせて頂きました。自分でもこんなはずでは・・とは思いつつ受け入れなければならない現実と日々向かい合っている次第です。男って強そうに見えても実は女性に比べれば軟弱なのかも知れませんね。人生なんてサーキットを全力で走り切るより短いのかも?
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現在多く(三桁)の外国人若者を日本に招き長期滞在させており、これからも更に増えると見込まれるので、日本文化を正しく伝えもっともっと多くの若者たちに日本を好きになってもらい外国に対しても窓を広げ意義ある人的交流を目指す為に、この程ここ名古屋で研修センター校舎を小生が理事長を努める団体で投資し新たに学校運営に携わる事に成りそうだ。遠からず小生もそちらに身を移し微力ながら管理運営のお役に少しでも立てればと考えている。その昔、勉強が大の苦手だった爺さんは国境を超えての人財交流と教育に夢を見ていつまで元気で居られるかは解らないが頑張ってみたい。そして一人でも多くの若者に渡したい切符は世界に通用する人としての『礼節』と『尊厳』&『決して諦めない夢』であろうか・・
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伊勢海老や鮑料理が食べたくなり志摩浜島へ再び出かける事にした。なによりも9月中国10月はドイツへと続くのでその前に海を見ながら温泉に浸かってゆっくり心を癒したいが本音であろう。そういう意味では世界中で諍いが多い中、日本は平和ボケと言われつつボケもまた貴重だと感じるほどに、やはりこの国は素晴らしい。ひとりになってほぼ二年が過ぎ、時に人恋しさの寂しさに惑う事もあるが今はひとりがそれなりに自分らしいと想えるようになった。躁も鬱も早い話が紙一重、結局はバランスをとれる心の自由が欲しいので、ぼちぼち今あるすべてから離れ小生は貝に身を預けていずれ新たな真珠でも産むとしよう。
桃栗三年柿八年 だるまは九年 俺は一生  - 武者小路実篤 -

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椅子には少々うるさい小生だが、衝動でオーダーしたカリモク・ザ・ファーストが隠居部屋にやって来た。社長と呼ばれた頃はカリモクのモーションチェアー、爺さんと呼ばれる今はハーマンミラーのエンボディーに腰を下ろして日々を消化している。今回はwork用ではなくoff用のパーソナルリクライニングチェアー。カリモクがプレミアムチェアーとして自慢しているだけに体を預ければ静かな安らぎを提供してくれそうである。最近は心身共に疲れ気味で体も固くせめて生前(死後)硬直?は避けたいので密やかに期待したい。今はチッポケな自信さえ探さないと見当たらない老人だが、今後も健康が許されるのであれば愛と冒険を探求し残り火を灯せればと想う。それはともあれ、しばらくはひとり暮らしの隠れマンション(2LDK)で好きなジャズでも聴きながら気儘翁人座敷牢としておこう。
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初めて兄弟で一泊散歩した。一緒に温泉に入り弟が「兄貴、長生きしろよ」と背中を流してくれた。嬉しかった。言葉では表現出来なかったが、優しが背中を通して伝わって来た。兄弟っていいなぁ~思わず目頭が熱くなるのを感じた。亡くなった母の言葉が思い出される。父の思いを忘れず大切にしておくれ、そして弟の事を頼むよ、お前ならきっと出来るから・・そんな母の言葉を今も忘れてはいない。充分ではないにしろ、自分では精一杯頑張ったつもりだったが、結局は小生一人では何も出来なかった。助けられ支えられてなんとかここまでやってこれた。弟に背中を流してもらいながら私は嬉しさと感謝の気持ちで「ありがとう、お前もな」と言葉を返した。
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志摩の磯部町的矢に創業60年の『いかだ荘山上』と言う料理屋がある。宿泊も出来るが食事をすれば無料で露天風呂にも入らせてもらえる。という訳で二日目は昼食前に一風呂浴びてから的矢湾を眺めながら牡蠣づくしの的屋牡蠣料理。至極大きな牡蠣が焼いて蒸して生で寿司でと様々な料理にて牡蠣がたらふく食べられる。
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守り続けた仕事も家族もゆえあって距離をおいている今、久しぶりに伊勢神宮でもお参りに行こうと思い立ち、弟夫婦を誘いクラブマンを駆っていざドライブ。思えば今の会社を設立した年、僅かな社員たちを共だって出かけた事が思い出される。あの頃は苦しかったが夢に満ちていた、やれるかどうか解らないがやれるだけやってみよう、そんな意気込みに何も恐れず何も考えずただ突き進んだ気がする。あれから従業員も100名ほどに増えたものの逆に私はひとりになったのは皮肉なものだ。それでも健全で順調に頑張ってくれていればそれ以上望むものもない。これからは穏やかに気楽に日々を過ごせれば嬉しい限りである。二拝二拍手一拝
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もともと造り屋の小生は、何を観るにしろ何を体験するにしろ更に良くしよう、もっと良いモノを目指そうと日々メーカーとして、そのポリシーを忘れる事は無かった。そんな思いが新たな商品を生み出し挑戦や創造性を生み出して今に至った。引退した今、その気持ちが仕事に活かされる事は無くなったとは言え、興味あるモノを手に入れそそるモノがあれば試してみたい気持ちは些かも衰えてはいない。最高とは何か?最上とはどういうものか?そして人生を後悔しない為にも正規品とリプロダクトを見分ける知識を養う。そんな探求心は悲しいかな老いた心に未だ脈々と燃えている。
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どんな料理も、それを盛り付ける器が素敵であれば、より料理も美味しく頂ける。同じように人にもそれなりに味わいのある器であって欲しいと想う。すんなり受け入れて自分の力に変える人。なんだかんだと理由を付けて、拒絶する人。常にプラス思考を意識し、細かいことにこだわらずに生きていける人。ネガティブに他人のせいにする人。自分がどんな情況に置かれていても、冷静になり、その感情で他人を不快にしないように気持ちをコントロール出来る人、人様を大切に思える人ならば、たとえどんな人でもきっと器も大きな人でしょう・・
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ひとり暮らしも一年半過ぎて気分を変えたくなり我が隠居宅の模様替え思い立った。そこで冥途待ち爺が処女ドライブにでも行こうかと不慣れな新車で、一路カリモク本社ショールームへ。ナビの使い方で戸惑ったもののようやく使いこなして到着、興味があったリクライニングチェアーのコーナーへ、30分ほどあれこれザ・ファーストの話を聞くうちに気が付けば契約書にサインを終えていた。いくつになっても我が煩悩は収まる様子もなく大人にもなれそうにもないようである。受注生産らしく納期まで一か月ほど待たされる、まぁ~限定万年筆やセーラーインクよりは早いか(笑)

時折、突然のように深夜目が覚め、仕事の心配が脳裏をかすめる。おそらく永年に渡る習慣が今も抜けきらないトラウマなのであろう。人は環境の中で生きる術を学び、人が環境を造りあげ、やがてはその環境が人をも支配してしまう。職業病と言ってしまえばそれまでだが、考えてみれば人の存在なんて哀れなものである。もう何も心配しないでもいいよ、と言われて我に返ってもまた次の時間に同じ事が繰り返される。まるで薬物やアルコール依存症の患者が必死で呪縛から逃れようともがく姿に似ているのかも知れない。人生を賭けて手にした責任なんてそんな下らないある種のメンタルシックなのだろう(笑)

爺様の新たな足が来た、良い歳してミニクーパーかと言われてしまいそうだが、どうしてどうしてBMWに嫁入りし躾されて車としての完成度もなかなかのもの。肩肘張ってバリバリ働き盛りが好むであろうAUDI・A4やベンツCクラス等も悪くないが転がすぐらいなら、駐車も無理のないこっちの方が気楽で楽しい、敬老パスとステッキ片手にクラブマンで老いたるハン・ソロはブラブラ放浪するか・・(笑)
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老兵は去りトップも若返り新組織も期待の中で動き出す。会社や新社長(息子)がヨチヨチ歩いていた頃が懐かしいが、親は居なくとも子は育つモノ。88新店の紹介を含め業界紙に掲載された我が社の記事を観て心からエールを贈りたい。難しい景気での舵取り、なんとか増収増益だそうなので、やはり引退は正しかったのであろうと確信する。そしてこれからは気楽に人生を楽しみながら過ごす事が出来ればと願っている。加油 my son! 加油 my Company!    from yumemachi.
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最近は気にしなければならない事も少なくなったが、人は老い先が見えてくると不思議に自分のルーツを知りたいという誘惑にかられるものだ。亡き母が先祖から引き継いだ寺の住職している弟から先日、寺の修復中に中国からの古びた郵便封筒が見つかり、中から1954年日付で父母の婚姻を認める中華民国(当時)の証書が同封してあるぞと連絡が入った。これまで中国籍の父と日本人の母との間には婚姻関係はないと思っていただけに衝撃的なニュースである。そこには父の広東省の実家の住所も記されており、あわよくば現地で親族が存在しているやも知れない。少なくとも弟が近年作成中の24世続く家系図の隙間をいくつか埋める事が出来るはず。是非近いうちにも中国でその所在の有無を確かめてみたい。大して意味のある事でもないが、それでも自分の中に流れる血がそうせずにはいられない衝動にかられるのである。中国と日本の歴史の中で翻弄されながら必死で活路を求めた生き様があったであろうと察するに足りる。今新たに中国での親しい人も少なくないが、出会いと別れが織りなす縁と言う小さな点の中でそれぞれの人生が絡み合い線で繋がるものである。
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中国での仕事を終え韓国から帰国の途中で体調を崩し、それでもなんとか帰国。頑張ったけど次の日は心ならずも救急車にやっかいになり、病院に運ばれてしまい実に情けない。散歩好きな爺さんも少し疲れてしまった様である。それとも韓国に祟られたか(笑)?明日の年次総会には元気に顔を出したいが寄る年波には勝てずやんちゃ爺さんは静かに静養する事にしよう。
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