夢待ち爺散歩《yumemachi》 

夢は観るもの・愛は育てるもの・心は許すもの・明日は信じるもの

時には心に撓みと音楽を♪
   ・・・人生に梦があるのではなく、梦が人生を作るんだよね・・・

雨にも負けず風にも負けず雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫なからだをもち慾はなく決して怒らずいつも静かに笑っている一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べあらゆることを自分を勘定に入れずによく見聞きし分かりそして忘れず野原の松の林の陰の小さな萱ぶきの小屋にいて東に病気の子供あれば行って看病してやり西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い南に死にそうな人あれば行ってこわがらなくてもいいといい北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろといい日照りの時は涙を流し寒さの夏はおろおろ歩きみんなにでくのぼーと呼ばれ褒められもせず苦にもされずそういうものにわたしはなりたい
                                 宮沢賢治
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縁も所縁もない可愛い息子?との本日の夜食は伏見の白川公園近くにある以前息子がお世話になった‘‘和奏”Wakana。欧風料理とワインの居心地の良い空間で食事という時間を楽しめる『和みを奏でる』がコンセプトのとても優雅で落ち着けるお店。料理は食材に和を取り入れ小生の好きな味の三風(風土・風景・風味)が感じられ久しぶりに食に刺激を味わう事が出来た。イタリア人気質は本当に満足した時は料理をあえて褒める事はせず、渋い顔して「まぁまぁ~だな」とひねくれて言うそうだが、小生は「まぁ~まぁ~ま・い・う~やないか」と顔を崩して言わせて頂こう。是非お薦めしたいお店である。しかし当分は縁も所縁もない、いつどこへ消えるか解らない赤の息子(他人)に振り回されそうで大いに楽しみだ。
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一線を退いたのち大いに感じ苦悩したこと、それまで深く熱く愛して来た事は実はさほど理解され愛されてなかったと言う受け入れがたい現実。それが悪い事と言う事ではなく、ひとりよがりな生き方には自分が思うほどには現実は決して甘くないと言う事であろうか、所詮男の思い入れなんてものは自己満足に他ならない。今は失ったモノより今あるモノに感謝しつつ世間の煮え切らない現実を受け入れる事に心血を注いでいる。いつかはそれが普通になり無力な自分を許せるようになる事であろう。人生なんてそれ以上でもそれ以下でもなく、そんなものかも知れない、強引に走り過ぎたオーバーランナーには急に歩くことも不器用にしか出来ないのが如何にも哀れで悲しい・・そんな気がしてならない。
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所用があり近江彦根へ赴いた。彦根と言えば彦根城だが、それよりなにより近くのお店で頂いた近江牛のステーキは程よく柔らかく口中にてとろけるが如く美味かった。さて彦根城は初めてだが、なかなか噂に違わず美しい城構え、天守閣まで登ってみたがそこに至る階段の急な事、歳のせいか恐る恐る登ったり下りたりでなんとか無事着地。あぁ~情けなやは運動不足な爺様なり
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-碇豊長-
蒸雲蓋地更無風,
吾道非邪程欲窮。
拂拭難淸閉塞感,
應須知足二毛翁。

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また定例の昼飯ドライブに消えたい奴を誘って湯の山温泉近くの猪と鴨鍋の[囲炉裏 やましげ]へしし鍋を食べに行った。無論、活を入れる為の誘いだが、実に世話と金のかかる奴だ。しかしコテージの個室になっておりここの店主は実に田舎っぽいモードのとてもいい感じのおやじで、提供されたしし鍋も味噌味鍋で美味かった。次の会食も次の次の会食も約束し当分はお互い消える暇などないであろう(笑)
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昭和9年(1934)のインド仏跡旅行でシャム(タイ)に立ち寄った松坂屋初代社長伊藤祐民氏は、 特命公使・矢田部保吉の要望を聞き入れ、帰国後 昭和10年(1935)に名古屋 日暹協会を設立、会長に就任し、昭和11年(1936)から9名のタイ 留学生を含め数多くの留学生を迎え、揚輝荘で育成しました。 今年はタイ留学生育成80年になり揚輝荘では日本とタイを繋ぐ要人や河村市長や松坂屋十六・十七代伊藤家も迎えセレモニーが開催され小生も招待され参加させて頂きました。想い起こせば2年半前、小生も社長引退式をここ揚輝荘でさせて頂き父の人生と小生の人生が永い年月を通してようやく重なった瞬間を味わえた喜びと家族を含めみんなが祝ってくれた事は本当に本当に嬉しかった。今考えればあれが小生の人生に於ける頂点だったのかも知れない。
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滅多に巷に姿を出さない万年筆西国大名の友(Pen and messageY氏)がペンランドに来店してくれた。と思いきや偶然にもPEN'S ALLEYのTさんも来店、誠に光栄が行ったり来たりである。久しぶりの力を抜いた萬年筆談話にしばし隠居身分も忘れ熱き想いも蘇りました、心より嬉しく感謝致します。次回は尾張の足軽爺さんが是非西国を訪ねたいと企みながら大須のナポリピッツァ職人世界選手権で優勝したと言われるピッツェリア トラットリア[チェザリ]で昼食を共にした。
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愛知県で紅葉と言えば香嵐渓だが、少し足を伸ばして山道をドライブし野原川観光センターへ椎茸(食べ放題)の昼食に出かけた。釣りたてのマスや肉を焼きながら会食出来るのだが、今の小生は小食なのではっきり言って多すぎた。それでもやや早めの紅葉を観ながら川べりでの憩いは心も休まる。
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世の中には気に入る事もあれば気に入らない事も多い。気に入らないからと言って嫌いになり拒絶するのは容易だが、それでは好きを押し付けるだけの傲慢に他ならない。気に入らなくとも許せるからこそお互い理解し合えるものである。今回の中国出張で青島便は時間変更があり、早朝が午後便になり帰り便も夕方便が昼便に変更になり多少ゆっくり出来ると思いきや飛行機は遅れる飛ばない相変わらず不親切さは変わらなかった。中国がいい加減と言うよりむしろ日本が時間に厳粛で人に親切と考えるべきなのであろう。今の中国は矛盾も多く自己中のような印象さえ感じてしまうがこれも歴史の過渡期なのだろうと深くは考えない様にしている。人も同じで一時腹が立つこともあるが、いずれは理解し合えると信じたい。良いところも悪しきところも含めて受け入れる寛容こそが愛なのであろう・・
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マンションの小さなベランダガーデンにイルミネーションを飾ってみた。裏は大通りに面しているから、さぞかし八熊通りを行き来する車からはキャバクラの如く派手に目立つ事であろう(壁側もあり)明るく元気が好きなじぃじは今日も生きてるぞと隣のビルに住む孫たちに発信したいからである。聞けばどうやら点灯時間になるといつもベランダに出て賑やかに点滅するイルミネーションを楽しんでくれているようである。その時間は小生もベランダで一服しながら寛ぐことにしている。誰にも迷惑かけずひとり密かに世間に灯りを灯すのもまた愉快。
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鞄と言う道具は無論予算もあるであろうが車と同じで使う人の嗜好や気分が表れる。小生のお薦めはル・ボナー(ペンランドカフェにて販売中)だが、それ以外では[COACH]ブランドも好きでいくつか使っている。先日サドル バッグ メッセンジャー(新宿店限定) が気になり捜したがどうやら日本では在庫なし、そこでロサンゼルスのCOACH店からトラベル クラッチバッグと共に送ってもらった。このメッセンジャーの グラブタン レザーはCOACHが開発した革で質感もなかなかのもの。今回は気分を変えたくて思い切ってボルドー色を選択してみたがこんな色も使い熟せばそれなりにhappinessに似合うと信じてみよう。
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ここ最近いろいろな事もあり初めて受け身で生きる事も覚えました。それでもまた青島に顔を出す事に相成り候。やはり青島の街は10年以上通った私にとっては思い出深いもう一つの故郷、これから先、いつまで行けるかは解らないが、諸事情が許せば是非通い続けたいと思う。
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この歳になり仕事から身を引くまで数多く車は乗り買えてきたが記憶にある限り自分で洗車などした事はない。されど今は週に一度は欠かさず早朝に隠れる様に自分で洗車する事にしている。ほとんど乗らない車なのにである。理由は、唯一息子が私の為に買ってくれた車だからいつも綺麗にしておきたいからだ。小生は人の為にしてきた人生ばかりなのでたとえ経費で買ってくれたモノであれ何故か嬉しいのである。ゆえに動かなくともいつも吾輩のミニはピッカピッカなのである。
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最近よくニュースでレガシーと言う言葉を聞くが、今日(10月19日)の中日新聞三面記事に松坂屋初代社長伊藤次郎左衛門祐民氏が過って戦前アジア留学生を覚王山『揚輝荘』に住まわせ熱心に国際交流支援された事が紙面で大きく紹介されていた。実は当時私の父「易東生」も伊藤祐民氏の要請によりこの揚輝荘に住み込み日本食に慣れない留学生たちに終戦まで日夜食事を提供していた。何故か私も現在外国人留学生に関わっているが不思議に血は争えぬものである。
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関船君を昼飯に誘って“奥長良川”と称される清流・板取川沿いにある鮎料理店「鮎川」までドライブ。鮎ずくしや飛騨牛串で腹を満たしふと清流に目をやればもう秋だなぁ~と肌で感じ、孫ほど歳の離れた彼と一緒に居ると昨日まで険しく辛かったことなど嘘のように忘れてしまいそうだ。
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手ごろな3階建て建物があったので入手、全館リニュアールして、いよいよ研修業務が始まった、10年続いた事業もようやく自前での研修が可能となった。まずは今月の1日に入国した9名から始まり(35名まで合宿可)この日も日本語の先生の指導を受講していた。日本語勉強や日本の習慣やルール、最初は環境に馴染む為の研修、みんな明るく元気に勉強してる姿を観ると最近疲れ気味の小生もなんだか嬉しくなった。
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さて4日目は念願のペリカンパイネ工場視察とハノーバー本社アーカイブ訪問、ペリカン社も事前に準備してくれパイネ工場を視察(無論工場内部は写真不可)させて頂いた。そこで私が観た風景は、ずば抜けた技術と管理に加え責任者Christian Ehlers氏(Head of Facility Management)の並々ならぬ現場の人たちへの細やかな気配りや信頼関係、どの部署へ行っても必ず笑顔と握手を欠かさないリーダーシップはペリカン社が世界のペリカン社である所以なのかも知れない。続いてハノーバーに移動、ペリカン社の歴史を知り尽くし御年87歳になられるJürgen Dittmerさん自ら親切且細やかに案内して頂きペリカン社の永き歴史にあらためて感動した。今回の旅も同行して頂いた方々の御理解や暖かい協力もあって無事責任も果たせ萬年筆の散歩旅も大いに収穫もアリとても楽しかったです。また現地でお目にかかった皆様に心より感謝致します。Let's meet again while enjoying the fountain pen.
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ハンブルグペンショーの次の日は有名なアウトバーンを車でかっ飛ばして世界遺産の街並みの観光を兼ねてのショッピング。グリム童話「ブレーメンの音楽隊」が幸せな生活を夢見て目指した街だけあって実に長閑で美しい街並みだった。しかも至るところで自然が大切にされ何処でも緑や花が風景に馴染んでいた。ビールは勿論コーヒーや紅茶が美味い、乳製品やケーキはvery good、料理は量が半端ない。日本と同じく歴史の傷を背負ったドイツの夢は疲れたやんちゃ爺にとって優しく逞しかった。
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