夢待ち爺散歩《yumemachi》 

夢は観るもの・愛は育てるもの・心は許すもの・明日は信じるもの

時には心に撓みと音楽を♪
   ・・・人生に梦があるのではなく、梦が人生を作るんだよね・・・

どんな料理も、それを盛り付ける器が素敵であれば、より料理も美味しく頂ける。同じように人にもそれなりに味わいのある器であって欲しいと想う。すんなり受け入れて自分の力に変える人。なんだかんだと理由を付けて、拒絶する人。常にプラス思考を意識し、細かいことにこだわらずに生きていける人。ネガティブに他人のせいにする人。自分がどんな情況に置かれていても、冷静になり、その感情で他人を不快にしないように気持ちをコントロール出来る人、人様を大切に思える人ならば、たとえどんな人でもきっと器も大きな人でしょう・・
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ひとり暮らしも一年半過ぎて気分を変えたくなり我が隠居宅の模様替え思い立った。そこで冥途待ち爺が処女ドライブにでも行こうかと不慣れな新車で、一路カリモク本社ショールームへ。ナビの使い方で戸惑ったもののようやく使いこなして到着、興味があったリクライニングチェアーのコーナーへ、30分ほどあれこれザ・ファーストの話を聞くうちに気が付けば契約書にサインを終えていた。いくつになっても我が煩悩は収まる様子もなく大人にもなれそうにもないようである。受注生産らしく納期まで一か月ほど待たされる、まぁ~限定万年筆やセーラーインクよりは早いか(笑)

時折、突然のように深夜目が覚め、仕事の心配が脳裏をかすめる。おそらく永年に渡る習慣が今も抜けきらないトラウマなのであろう。人は環境の中で生きる術を学び、人が環境を造りあげ、やがてはその環境が人をも支配してしまう。職業病と言ってしまえばそれまでだが、考えてみれば人の存在なんて哀れなものである。もう何も心配しないでもいいよ、と言われて我に返ってもまた次の時間に同じ事が繰り返される。まるで薬物やアルコール依存症の患者が必死で呪縛から逃れようともがく姿に似ているのかも知れない。人生を賭けて手にした責任なんてそんな下らないある種のメンタルシックなのだろう(笑)

爺様の新たな足が来た、良い歳してミニクーパーかと言われてしまいそうだが、どうしてどうしてBMWに嫁入りし躾されて車としての完成度もなかなかのもの。肩肘張ってバリバリ働き盛りが好むであろうAUDI・A4やベンツCクラス等も悪くないが転がすぐらいなら、駐車も無理のないこっちの方が気楽で楽しい、敬老パスとステッキ片手にクラブマンで老いたるハン・ソロはブラブラ放浪するか・・(笑)
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老兵は去りトップも若返り新組織も期待の中で動き出す。会社や新社長(息子)がヨチヨチ歩いていた頃が懐かしいが、親は居なくとも子は育つモノ。88新店の紹介を含め業界紙に掲載された我が社の記事を観て心からエールを贈りたい。難しい景気での舵取り、なんとか増収増益だそうなので、やはり引退は正しかったのであろうと確信する。そしてこれからは気楽に人生を楽しみながら過ごす事が出来ればと願っている。加油 my son! 加油 my Company!    from yumemachi.
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最近は気にしなければならない事も少なくなったが、人は老い先が見えてくると不思議に自分のルーツを知りたいという誘惑にかられるものだ。亡き母が先祖から引き継いだ寺の住職している弟から先日、寺の修復中に中国からの古びた郵便封筒が見つかり、中から1954年日付で父母の婚姻を認める中華民国(当時)の証書が同封してあるぞと連絡が入った。これまで中国籍の父と日本人の母との間には婚姻関係はないと思っていただけに衝撃的なニュースである。そこには父の広東省の実家の住所も記されており、あわよくば現地で親族が存在しているやも知れない。少なくとも弟が近年作成中の24世続く家系図の隙間をいくつか埋める事が出来るはず。是非近いうちにも中国でその所在の有無を確かめてみたい。大して意味のある事でもないが、それでも自分の中に流れる血がそうせずにはいられない衝動にかられるのである。中国と日本の歴史の中で翻弄されながら必死で活路を求めた生き様があったであろうと察するに足りる。今新たに中国での親しい人も少なくないが、出会いと別れが織りなす縁と言う小さな点の中でそれぞれの人生が絡み合い線で繋がるものである。
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中国での仕事を終え韓国から帰国の途中で体調を崩し、それでもなんとか帰国。頑張ったけど次の日は心ならずも救急車にやっかいになり、病院に運ばれてしまい実に情けない。散歩好きな爺さんも少し疲れてしまった様である。それとも韓国に祟られたか(笑)?明日の年次総会には元気に顔を出したいが寄る年波には勝てずやんちゃ爺さんは静かに静養する事にしよう。
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一週間ほど足(車)も無いので、ついでに仕事を兼ねてソウルー青島ー威海ー青島ーソウルと散歩して来ます。趣味の散歩なら楽しめるけど仕事ですから仕方なく美味しいものでも御馳走してもらう散歩して参ります。
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社長時代からお世話になった三台目クラウンが引き取られて行きます。小生は昔から座右の銘は『至真続信』、『去る者は追わず来る者は拒まず』をモットーとして来ましたが、自分を信じることができなくて去って行こうとしている人を引き止めない、 又、自分のことを信じて頼ってくる人は、どんな人でも受け入れる。という 心の広さを言った孟子のことわざ。自分のこだわりを捨て、他人の意志を 大切にするという意味があるようで、孟子自身が弟子を取る時に決めたやり方の1つだったようです。 「去る者」を「往く者(ゆくもの)」とする言い方もあるようだが、また、 過ぎ去ったことを、くよくよ考えるよりも、今ここに与えられたものを大切にしたほうがよい、 という意味もあるように感じます。自我に捉われず人を許す謙虚な勇気があればこそ、成り立つ事なのでありましょう。
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宮城県女川町の復興にかける人々のドキュメンタリー『サンマとカタール』の上映で乾弘明監督と益田祐美子プロデューサーが舞台挨拶があると言うので鑑賞させてもらった。脚本家の知人を通して益田祐美子さんとお会いしたがとても美しい感じの良い素敵な女性だった。映画ではあれだけの災害にも関わらず若い人たちの復興にかける情熱に胸を打たれた。難しい事でもめげずに挑戦しやり遂げる事は若い人だからこそ成せる技。至真続信(何事も信じ続ければいずれ真実に至る)
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月末に中国へちょい散歩、今の中国は病んでいるようだが多くの若い人在は極めて豊富で今も100名ほどは日本に招待している。中には困った人災もたまには居るが、それでも将来の中国を担う大切な未来の人財と夢観ている。日本で学び得たものを故郷で活かして欲しいものである。西洋哲学のまずは自由から常識への概念は東洋では疑問を持たざるを得ない昨今、やはり東洋哲学はまずは常識を学びて自由を求めるが自然のように想える。内面に活路を求めるか外面に対策を求めるのか、感性と理性の違いだろうと想う。手を合わせる合掌の対象が己にあるか神にあるかの文化の違いもあるのではないだろうか?そういう意味で、多くの世界の迷える国々は神?に手を合わせて居るのかも知れない。
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クラウンの車検が近づいたので、気分を変えたくて筋斗雲を買い替える事にした。新クラウンにすれば至れり尽くせりで何の不満もないのだが、もう役職を気にする必要もないし遊び心も恋しかったので小型のロードスターRFも頭をよぎった。しかし、いざ乗ってみたら狭くて腰が耐えられず却下。そこでペンランドへ行く途中にミニ(BMW系)のデーラーがあるので寄ったらミニクーパーのクラブマンが気になった。この新型クラブマンはミニとは言えサイズアップされ4270×1800×1470mmありプレミアム・コンパクトセグメントといったところであろう。どうせ人は、起きて半畳、寝て1畳と考えていた小生にはありがたい広さだ。ずいぶんいろんな車を転がしてきた爺さんには久しぶりの欧州車だが、年齢から言ってこれが最後の筋斗雲になるやも知れない。この車、何故か車内はイルミネーション等が賑やかで寂しがりな年寄にはボケ防止になるかも?まぁ少しでも若さを感じられ健康で楽しく散歩出来ればと考えている。さぁ~糸の切れた老いたる団塊凧は大人しく老人でいられるのか?(笑)
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ひとりで車でも転がして宛のない旅に出よう、行き当たりばったりで気が向いたらとどまり飽きたらまたどこかへ行こう。伝書バトのように時折巣に戻っては出かけ出かけては戻る。景色に見惚れるも良し、温泉で侘しさを癒すも良し、辺鄙なところへ出かけては出会う事のない人とうつつを抜かし心を通わせるもまた爽快。肝心なのは生きている今を野放図に感じてみる無駄なひと時なのかも知れない。どうせこの世に天国は無いし青い鳥もいやしない。あるは叶わぬ夢をみて人を愛していたいと願う儚さだけである。止まり枯木で心置き無くひとり気が済むまで人を愛してみたい・・
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愛知県美術館で開催されている古代イタリアの黄金の粒金細工を観て来た。紀元前9世紀からローマ帝国が勢いを増す紀元前2世紀ごろまで栄えたエトルリア文明、近代以降発掘されたエトルリア人による高度な金細工技術(小さな粒を巧みに扱い0.15ミリを下回る髪の毛一本の太さに迫る)は素晴らしい。なんでもその接着技術は1930年代まで解明出来なかったそうだ。いい仕事は時代を超えた神秘の技なのであろう。お昼時で近くのオアシス21に鈴乃屋があり久しぶりに田楽味噌が懐かしく美味しかった。ごちそうさまでした。
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ぼちぼち居心地の良い死に場所を求めて再び家具屋へ行った。するとやはり有った、とても居心地の良い椅子が有った。カリモクのTHE FIRST(ザ・ファースト)だ、体に任せて心地よく安楽死に導いてくれるリクライナーなプレミアムチェアー。ノルウェーのストレスレスも悪くないが、死後硬直が始まった爺さんにはレバー無しはありがたいし革質はファーストが上であろう。さすがカリモク。見ざる聞かざる言わざるの夢待ち爺には誠に都合が良い。価格?死後の事は、よ~解らん
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涙を流して逆鱗した夢を観た。「竜」は、元来人間に危害を与えることはないが、喉元の「逆鱗」に触れられることを非常に嫌うため、これに触られた場合には激昂し、触れた者を即座に殺すとされた。このため、「逆鱗」は触れてはならないものを表現する言葉となり、帝王(主君)の激怒を呼ぶような行為を指して、「逆鱗に嬰(ふ)れる」と比喩表現された。何年か前までは相手を真剣に想うがゆえに、時として我を失ってしまう事もしばしばあったように想う。しかし引退した近年は一度も無い、よほど心に想う事が溜まっていたのであろう、夢の中で逆鱗したのはひとりだったが、考えれば腹が煮えくり立つ対象は一人や二人ではない。そんな事が解らんのかとかばかりに夢の中で机を叩いている自分が居た。腹が立つのも通り過ぎ愚かで情けない連中が世間には多すぎる。そうは言っても飲み過ぎた夢の中での事なのだが・・
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本日、4月27日は世界バクの日だそうです。野生のバクは生息地の環境の悪化や密猟などにより生息数が減り絶滅が危惧されていて世界バクの日はそんなバクに対するみなさんの意識を高めてもらうために制定されました。東山動物園では北園でブラジルバク、本園ではサチコとヒサの2頭のマレーバクを飼育しています。この2種を通してバクの魅力をお伝えすることで、みなさんにバクの保全や地球環境の保全について考えてみましょう。
バクと言えば梦麺88のシンボルキャラです。大須の梦麺88には大きなピンクの可愛いバクが皆さんを待っています。

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人は運さえあればうまくいくとばかり商いに挑戦するが、さほど商いとは甘くはない。人は幸せになろうと挑戦するのであろうが下手をすれば無知や未熟さが逆に他人まで不幸に巻き込んでしまう場合も少なくはない。他力本願の不器用さから思わぬ方向に人生の舵を切ってしまわないとも限らないからである。小生も若い時は幾度とそんな入口に迷い込みそうになった記憶がある。そんな時、様々な人との出会いから多くを気づき、己を振り返りながら辛うじて夢に挑戦し続けられた事に感謝。二十数年?前の芳村思風先生との出会いもそんな出会いだったと想う。少しどもりながらゆっくり話される先生のお話しは初めて接した人には眠気さえ感ずる事だろう、でもその感性論哲学からのお話しは聞けば聴くほどに心地よさを感じ、ずしりと心に突き刺さりやがては感動の波に包まれてくる。人は人との出会いによって気づくチャンスに恵まれる。そんな出会いは掛け替えのない大切な宝である。最近FACEBOOKにて思風先生のお話が連載されているが、ご自宅にまで押しかけお聴きしたお話しが懐かしくまた是非お会いしたいと願うばかりである。
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ここんとこ良く解らない事が起きてる。小生はこれまで歳に似合わず乱視混ざりの近視眼鏡かけていたのだが、最近何故か見づらい日々が続いていていよいよ白内障かと眼科に行ったところ、幸い白内障の兆候はなし、ただし眼鏡の度数が合っていませんと言われ調べたら、なっなんと右目は眼鏡無しで1.2、げっ!えっ!じゃ眼鏡要らない?なんでやねん、わし若返ったんかいな?なわけないでしょう、おそらく今頃になり老眼化が進み視力は一時戻りつつあるそうな(笑)残念な事に右視力が戻っているとは言え、左目は未だ眼鏡が必要とか・・ どうせなら聴力や足腰も戻って欲しいョォ~。と言うわけでまたまた眼鏡のレンズ交換と相成った。しかしこのまま老眼が進めばまたレンズ交換かいな?やっかいで金かかるなぁ~正直なところ、この歳になると聞きたくない事は聞こえなくていいし観たくないモノは観えなくても良いのだ、自分らしさを独占する為にね(笑)
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前代未聞の大地震で亡くなった方やに九州の方々の御苦難に心から哀悼の意を表するとともに、被害者の方々に対して心からお見舞い申し上げます。同時に九州でお世話になった方々の御無事をお祈り致します。どうぞお力を落とされぬ様、生き抜いて下さい。

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