夢待ち爺散歩《yumemachi》 

夢は観るもの・愛は育てるもの・心は許すもの・明日は信じるもの

時には心に撓みと音楽を♪
   ・・・人生に梦があるのではなく、梦が人生を作るんだよね・・・

最近は気にしなければならない事も少なくなったが、人は老い先が見えてくると不思議に自分のルーツを知りたいという誘惑にかられるものだ。亡き母が先祖から引き継いだ寺の住職している弟から先日、寺の修復中に中国からの古びた郵便封筒が見つかり、中から1954年日付で父母の婚姻を認める中華民国(当時)の証書が同封してあるぞと連絡が入った。これまで中国籍の父と日本人の母との間には婚姻関係はないと思っていただけに衝撃的なニュースである。そこには父の広東省の実家の住所も記されており、あわよくば現地で親族が存在しているやも知れない。少なくとも弟が近年作成中の24世続く家系図の隙間をいくつか埋める事が出来るはず。是非近いうちにも中国でその所在の有無を確かめてみたい。大して意味のある事でもないが、それでも自分の中に流れる血がそうせずにはいられない衝動にかられるのである。中国と日本の歴史の中で翻弄されながら必死で活路を求めた生き様があったであろうと察するに足りる。今新たに中国での親しい人も少なくないが、出会いと別れが織りなす縁と言う小さな点の中でそれぞれの人生が絡み合い線で繋がるものである。
DSC01047DSC01033_Ira

中国での仕事を終え韓国から帰国の途中で体調を崩し、それでもなんとか帰国。頑張ったけど次の日は心ならずも救急車にやっかいになり、病院に運ばれてしまい実に情けない。散歩好きな爺さんも少し疲れてしまった様である。それとも韓国に祟られたか(笑)?明日の年次総会には元気に顔を出したいが寄る年波には勝てずやんちゃ爺さんは静かに静養する事にしよう。
cf4d0b668cc8219f9663c7baca37b0e7

一週間ほど足(車)も無いので、ついでに仕事を兼ねてソウルー青島ー威海ー青島ーソウルと散歩して来ます。趣味の散歩なら楽しめるけど仕事ですから仕方なく美味しいものでも御馳走してもらう散歩して参ります。
Qipao_woman

社長時代からお世話になった三台目クラウンが引き取られて行きます。小生は昔から座右の銘は『至真続信』、『去る者は追わず来る者は拒まず』をモットーとして来ましたが、自分を信じることができなくて去って行こうとしている人を引き止めない、 又、自分のことを信じて頼ってくる人は、どんな人でも受け入れる。という 心の広さを言った孟子のことわざ。自分のこだわりを捨て、他人の意志を 大切にするという意味があるようで、孟子自身が弟子を取る時に決めたやり方の1つだったようです。 「去る者」を「往く者(ゆくもの)」とする言い方もあるようだが、また、 過ぎ去ったことを、くよくよ考えるよりも、今ここに与えられたものを大切にしたほうがよい、 という意味もあるように感じます。自我に捉われず人を許す謙虚な勇気があればこそ、成り立つ事なのでありましょう。
GOODBYE-LOVE-LETTER

宮城県女川町の復興にかける人々のドキュメンタリー『サンマとカタール』の上映で乾弘明監督と益田祐美子プロデューサーが舞台挨拶があると言うので鑑賞させてもらった。脚本家の知人を通して益田祐美子さんとお会いしたがとても美しい感じの良い素敵な女性だった。映画ではあれだけの災害にも関わらず若い人たちの復興にかける情熱に胸を打たれた。難しい事でもめげずに挑戦しやり遂げる事は若い人だからこそ成せる技。至真続信(何事も信じ続ければいずれ真実に至る)
IMG_20160515_0001DSCF3235

月末に中国へちょい散歩、今の中国は病んでいるようだが多くの若い人在は極めて豊富で今も100名ほどは日本に招待している。中には困った人災もたまには居るが、それでも将来の中国を担う大切な未来の人財と夢観ている。日本で学び得たものを故郷で活かして欲しいものである。西洋哲学のまずは自由から常識への概念は東洋では疑問を持たざるを得ない昨今、やはり東洋哲学はまずは常識を学びて自由を求めるが自然のように想える。内面に活路を求めるか外面に対策を求めるのか、感性と理性の違いだろうと想う。手を合わせる合掌の対象が己にあるか神にあるかの文化の違いもあるのではないだろうか?そういう意味で、多くの世界の迷える国々は神?に手を合わせて居るのかも知れない。
nurturing_img_01

クラウンの車検が近づいたので、気分を変えたくて筋斗雲を買い替える事にした。新クラウンにすれば至れり尽くせりで何の不満もないのだが、もう役職を気にする必要もないし遊び心も恋しかったので小型のロードスターRFも頭をよぎった。しかし、いざ乗ってみたら狭くて腰が耐えられず却下。そこでペンランドへ行く途中にミニ(BMW系)のデーラーがあるので寄ったらミニクーパーのクラブマンが気になった。この新型クラブマンはミニとは言えサイズアップされ4270×1800×1470mmありプレミアム・コンパクトセグメントといったところであろう。どうせ人は、起きて半畳、寝て1畳と考えていた小生にはありがたい広さだ。ずいぶんいろんな車を転がしてきた爺さんには久しぶりの欧州車だが、年齢から言ってこれが最後の筋斗雲になるやも知れない。この車、何故か車内はイルミネーション等が賑やかで寂しがりな年寄にはボケ防止になるかも?まぁ少しでも若さを感じられ健康で楽しく散歩出来ればと考えている。さぁ~糸の切れた老いたる団塊凧は大人しく老人でいられるのか?(笑)
BMW MINI Cooper Clubman not mini it is Fun Amusing

cosySec (4)

ひとりで車でも転がして宛のない旅に出よう、行き当たりばったりで気が向いたらとどまり飽きたらまたどこかへ行こう。伝書バトのように時折巣に戻っては出かけ出かけては戻る。景色に見惚れるも良し、温泉で侘しさを癒すも良し、辺鄙なところへ出かけては出会う事のない人とうつつを抜かし心を通わせるもまた爽快。肝心なのは生きている今を野放図に感じてみる無駄なひと時なのかも知れない。どうせこの世に天国は無いし青い鳥もいやしない。あるは叶わぬ夢をみて人を愛していたいと願う儚さだけである。止まり枯木で心置き無くひとり気が済むまで人を愛してみたい・・
lgf01a201304061600

愛知県美術館で開催されている古代イタリアの黄金の粒金細工を観て来た。紀元前9世紀からローマ帝国が勢いを増す紀元前2世紀ごろまで栄えたエトルリア文明、近代以降発掘されたエトルリア人による高度な金細工技術(小さな粒を巧みに扱い0.15ミリを下回る髪の毛一本の太さに迫る)は素晴らしい。なんでもその接着技術は1930年代まで解明出来なかったそうだ。いい仕事は時代を超えた神秘の技なのであろう。お昼時で近くのオアシス21に鈴乃屋があり久しぶりに田楽味噌が懐かしく美味しかった。ごちそうさまでした。
DSCF3231DSC01032
001DSC01030

ぼちぼち居心地の良い死に場所を求めて再び家具屋へ行った。するとやはり有った、とても居心地の良い椅子が有った。カリモクのTHE FIRST(ザ・ファースト)だ、体に任せて心地よく安楽死に導いてくれるリクライナーなプレミアムチェアー。ノルウェーのストレスレスも悪くないが、死後硬直が始まった爺さんにはレバー無しはありがたいし革質はファーストが上であろう。さすがカリモク。見ざる聞かざる言わざるの夢待ち爺には誠に都合が良い。価格?死後の事は、よ~解らん
DSC010217_IraRU7270L465_SET1

涙を流して逆鱗した夢を観た。「竜」は、元来人間に危害を与えることはないが、喉元の「逆鱗」に触れられることを非常に嫌うため、これに触られた場合には激昂し、触れた者を即座に殺すとされた。このため、「逆鱗」は触れてはならないものを表現する言葉となり、帝王(主君)の激怒を呼ぶような行為を指して、「逆鱗に嬰(ふ)れる」と比喩表現された。何年か前までは相手を真剣に想うがゆえに、時として我を失ってしまう事もしばしばあったように想う。しかし引退した近年は一度も無い、よほど心に想う事が溜まっていたのであろう、夢の中で逆鱗したのはひとりだったが、考えれば腹が煮えくり立つ対象は一人や二人ではない。そんな事が解らんのかとかばかりに夢の中で机を叩いている自分が居た。腹が立つのも通り過ぎ愚かで情けない連中が世間には多すぎる。そうは言っても飲み過ぎた夢の中での事なのだが・・
img_1

本日、4月27日は世界バクの日だそうです。野生のバクは生息地の環境の悪化や密猟などにより生息数が減り絶滅が危惧されていて世界バクの日はそんなバクに対するみなさんの意識を高めてもらうために制定されました。東山動物園では北園でブラジルバク、本園ではサチコとヒサの2頭のマレーバクを飼育しています。この2種を通してバクの魅力をお伝えすることで、みなさんにバクの保全や地球環境の保全について考えてみましょう。
バクと言えば梦麺88のシンボルキャラです。大須の梦麺88には大きなピンクの可愛いバクが皆さんを待っています。

R00198171486646380

人は運さえあればうまくいくとばかり商いに挑戦するが、さほど商いとは甘くはない。人は幸せになろうと挑戦するのであろうが下手をすれば無知や未熟さが逆に他人まで不幸に巻き込んでしまう場合も少なくはない。他力本願の不器用さから思わぬ方向に人生の舵を切ってしまわないとも限らないからである。小生も若い時は幾度とそんな入口に迷い込みそうになった記憶がある。そんな時、様々な人との出会いから多くを気づき、己を振り返りながら辛うじて夢に挑戦し続けられた事に感謝。二十数年?前の芳村思風先生との出会いもそんな出会いだったと想う。少しどもりながらゆっくり話される先生のお話しは初めて接した人には眠気さえ感ずる事だろう、でもその感性論哲学からのお話しは聞けば聴くほどに心地よさを感じ、ずしりと心に突き刺さりやがては感動の波に包まれてくる。人は人との出会いによって気づくチャンスに恵まれる。そんな出会いは掛け替えのない大切な宝である。最近FACEBOOKにて思風先生のお話が連載されているが、ご自宅にまで押しかけお聴きしたお話しが懐かしくまた是非お会いしたいと願うばかりである。
img3940d169zik7zj

ここんとこ良く解らない事が起きてる。小生はこれまで歳に似合わず乱視混ざりの近視眼鏡かけていたのだが、最近何故か見づらい日々が続いていていよいよ白内障かと眼科に行ったところ、幸い白内障の兆候はなし、ただし眼鏡の度数が合っていませんと言われ調べたら、なっなんと右目は眼鏡無しで1.2、げっ!えっ!じゃ眼鏡要らない?なんでやねん、わし若返ったんかいな?なわけないでしょう、おそらく今頃になり老眼化が進み視力は一時戻りつつあるそうな(笑)残念な事に右視力が戻っているとは言え、左目は未だ眼鏡が必要とか・・ どうせなら聴力や足腰も戻って欲しいョォ~。と言うわけでまたまた眼鏡のレンズ交換と相成った。しかしこのまま老眼が進めばまたレンズ交換かいな?やっかいで金かかるなぁ~正直なところ、この歳になると聞きたくない事は聞こえなくていいし観たくないモノは観えなくても良いのだ、自分らしさを独占する為にね(笑)
9d98ef40-s

前代未聞の大地震で亡くなった方やに九州の方々の御苦難に心から哀悼の意を表するとともに、被害者の方々に対して心からお見舞い申し上げます。同時に九州でお世話になった方々の御無事をお祈り致します。どうぞお力を落とされぬ様、生き抜いて下さい。

視覚障害者のために開発されたデザイン時計だが、そのシンプルで解りやすいデザインは視覚障害者でなくても実用的でなかなかお洒落な腕時計だ。ケース外側のボールが時間を示し内側のボールが分を指すようになっている。試しに指でなぞってみるとなるほど時間が理解出来た。昨今嫌な時間ばかりに振り回されているが、こいつを使って楽しい時間でも呼び込んでみる事にしよう。ストラップはステンレススチールメッシュで昔使っていたユニバーサルの時計が懐かしい。ケース直径が40ミリとその大きさはやや気になったが腕につければ存在感もありジャストフィット。小生はオーソドックスで懐かしい姿も大切だと思うが、逆に既成概念に捉われない新たな挑戦にも少なからず歓迎したい。もう時計は増やさないと思っていたが、中国製のおもちゃでもないしこのぐらいの遊び心のある時間なら楽しんでみるのも一興であろう(笑)
DSCF3224DSCF3216
15129f6c2d96599a5ec9a8a10ba8223f

『KOMEHYO』筆記具売り場が6階から2階高級時計フロアーに移転。筆記具売り場も従来の3倍に拡大し商品も更に充実する事になりました。ロレックスやブレゲ、パティック、ジャガールクルトの高級時計の販売フロアーに万年筆等が数多く展示されて正に圧巻、おそらくこんな光景は全国初ではないでしょうか?いよいよ大須は『PEN LAND CAFE』を中心に、万年筆を筆頭にブランド筆記具の中身が一層濃くなりマニアックな街に進化しつつあります。欲しい筆記具が幅広いだけではなく、修理・調整を含めて安心出来る万年筆を選んで頂けます。過ってこんな街興しコラボレーションがあったでしょうか?業界を超えて夢を共有し未来に向かって萬年筆の拡がりを大須で是非体験して頂きたいと思います。★夢はまた一歩拡がります
DSCF3191DSCF3192
DSCF3186DSCF3194

風雨に曝されても立っている時が舞台なら座ると言う作業は小生にとって思考のスイッチがオンになる事を意味するのかも知れない。机と椅子どちらも世間と言う荒波で生きるためには人間にとっては必需品。学び得たものを整理し吸収する為に机があり、椅子は己を意識し落ち着かせるための場所であろう。男が世間と己を区分し自分を取り戻す為に書斎を求める気持ちはある種のロマンのように想う。永きの間、多くの夢や生き様を背負いその責務を果たす為に机の前の自分はいつも戦っていた。でもある日、その机と椅子は私の前から消え去った。しばらくは従来の自分を見失い心の置き所さえ見当たらず大いに戸惑う自分が情けなくもあった。たったひとり、そこには何十年という時間をタイムスリップしすべてを忘れてしまおうと、もがく老人の姿が残った。そして今、同時に椅子に、もたれながら遠くに眼をやる白髪の老いたる少年がひとりそこに居る。真新しい椅子に腰かけ整理するものも無く、さして背負う事も無く、徒然なる出会いに楽しみを求め、悠長な夢を明日に観てみようと再び椅子に身を預けている。
shutterstock_255801109-718x479

Embody-Chair-by-Herman-Miller-Review

腰骨を痛めてから椅子には気にしているのだが、今まで本社に在ったオカムラのバロンを使っていて指して不満もなかったが、映画『LUCY/ルーシー』で時空を超えたりしてる時にスカーレット・ヨハンソンが座っている椅子は、ハーマンミラーのエンボディチェア、あのアーロンチェアーの次世代チェアーだ。以前にも興味はあったが評価を調べているうちに欲しくなった。大塚家具で同じハーマンミラーのアーロンポスチャーフィットとエンボディを比べて迷ったが、アーロンは前傾姿勢向きのワーキングチェアー、エンボディーは少しラフさを加味し後傾姿勢での自由度があり座面積が広く大ちゃくな座りも出来そうなので エンボディチェアを購入。隠居爺さんの孤独な仕事場と言うか最後の砦である。さて爺さんも時空を超えてみるか ↗✞Heaven(笑)
LI_EMB_P_20080929_026_P-700x875

1e90f021e03a064d10f6f54e5e99202c

言霊とは正しい心で、正しい言葉を使うことが、正しい行いになると言う意味。ありがとう(有り難う)とは『有ることが、難しい』『難しい事が、有る』という意味で、有る事自体に感謝するという意味がある。感謝の気持ちを持てる謙虚な人間になり、災難を遠ざけることにも繋がるのだ。ごめんなさい(御免なさい)とは『御』に『免(許す)』という言葉で『御免』となり、『どうぞあなたの寛大さで許して下さい』という相手の寛大さに尊敬をこめて使っていた言葉なのである。相手への尊敬の念を込めて『ごめんなさい』という事で人間関係もうまくいく。”すみません”=”謝るだけでは済まないことをした”という意味。”申し訳ありません”=”言い訳の余地がない”という意味。とかく言葉を大切に使う人は人生をも大切に生きられる。そして『ありがとう』『ごめんなさい』という言葉には、幸運を引き寄せ悪いことを断ち切るような言霊の力があり、ありがとう、ごめんなさいは人生において大切な意味があるのである。
151214thankyou-thumb-640x360-92567

このページのトップヘ