夢待ち爺散歩《yumemachi》 

夢は観るもの・愛は育てるもの・心は許すもの・明日は信じるもの

2014年03月

ペリカン万年筆には様々なサイズのペンがある。ソフトなペン先が魅力の1000や300シリーズ、実用的な600シリーズ、万年筆の代表選手800シリーズ。でも小生の好きなサイズはこれM700トレドサイズやM400サイズ。見た目には小さく見えても小生が握って書くには、誠に実用的でバランスが良い。だから必然的に使う頻度も多くなる、万年筆は見た目も大事だが、やはり手に持った感触が一番大切だと思っている。良いペンは使っても書いても時代を越えてやはり良いのである。
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PNマーク付きペン先のペリカンM700初期トレド、程度は文句なくAランク。以前小生が使っていた同じものだが、何故か細字になって再び小生の元に舞い戻って来た。ペン先が細字にされていたので再度小生用に調整し直したところ、以前の時にはなかったペン鳴りがするではないか、それも半端なく横に線を引くと気持ち良くキーン!と鳴く。その度に色気(インク)を紙に細かく撒き散らすゆえ実用では聊か控えたい。それでも書き味は柔らかく濃艶でたまらない程に色っぽい。、おまけに冷静な小生の気持ちを掻き乱すほどに鳴いてくれる。まるで世間で揉まれて娼婦のようになって戻って来たようだ。さぞかし人には言えない苦労もあった事であろう、これからは夜な夜な大切に可愛がってやろうと想う・・(笑)
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8月あたりには社員に新社長就任の報告を兼ねての内輪のレセプションをやる予定だが、それとは別に社長引退のセレモニーも考えてくれているようだ。小生の場合、現在に至るルーツもその始まりも誰からも教えてもらえず、近年になり揚輝荘がすべての始まりだったと知り、先日も揚輝荘を訪問し何やら心の懐かしさに、父の面影を偲ぶ事も出来た。そこでどうせなら引退も揚輝荘でやってみたいと想い、最後の我侭を叶えてもらえることになりそうだ。小生は大袈裟なことは根っから好きではないが、事の始まりと事業のルーツぐらいは近き人達にその場を借りて説明しておこうと想う。歴史とはドラマであり想いの源。それを知り去り逝った人達の熱き想いに感謝する事から新しい幕も上がるのだと小生は想う。華やかさだけが過去の歴史ではないであろうが、それを未来の輝きに繋げる努力こそ大切なのではないだろうか。揚輝荘の聴松閣の地下にはインド・イスラム様式のレリーフや壁画が今も保存され、まるでタイムスリップしたかと思えるような多目的室(旧舞踏場)ホールがある。新たな未来はここから初めてもらえば何よりと想う。
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覚王山日泰寺 と言えばタイ王国から寄贈された仏舎利(釈迦の遺骨)を安置するために、創建された超宗派の寺院として名古屋では有名なお寺。「覚王」とは、釈迦の別名で覚王山の地名もこの寺が由縁である。覚王山の駅からその日泰寺へ行く参道の途中に弘法堂という古い弘法大師のお寺がある事を知っているだろうか、真言宗開祖弘法大師の誕生より高野山に入定されるまでの一歳より六十二歳の御姿が安置され弘法大師尊像六十二躰を安置された全国でも大変貴重な聖堂だそうだ。本堂には、西国第一番札所の那智山 青岸渡寺より本尊如意輪観世音菩薩を本尊として御祭りしてあり毎月21日は弘法の日とされて沿道には露天商が数多く並び大勢の訪れる人々で覚王山は賑わう。話は反れたがこの弘法堂は小生の弟が住職をしており、所謂仏道は小生の母方の血筋なのだ。間違っても小生は坊さんにはならなかったであろうが、子供の頃より経文は毎日のように詠まされ今でも真似事ではあるが御経は唱える事は出来る。揚輝荘に立ち寄った際、極近くにある弘法堂の本堂に久しぶりに参りて合掌し懺悔させてもらった。
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揚輝荘は、大正から昭和初期にかけて(株)松坂屋の初代社長15代伊藤次郎左衛門祐民によって構築された別荘で今は一般開放され観光客も多い。以前にも書いたが小生の父は事業を始める以前の戦前に、この揚輝荘で青春を過ごし世界の留学生たちの食事を賄っていた。そんな父が過って調理していただろう厨房や食堂が見たくて再び訪問させてもらった。入り口で渡された揚輝荘のカタログに目をやれば、小生の父の写真が集合写真の真ん中あたりにみつけ、懐かしさと歴史の流れに想いを馳せた。せっかくだからと館長に御挨拶し出来る事ならば、父の写った集合写真をわけて頂けるかどうか尋ねてみた。館長は館内に展示してある父の写真を指差し快く後日手配をしてみるとおっしゃって下さった。今も海外からの留学生の集いが定期的に行なわれている旨説明され小生が同じ友好事業を現在やっている事を知られひとしお喜ばれていたようだ。それにしても揚輝荘の建築は市の有形文化財になっているだけあってその優雅な建物の造りは当時の伊藤次郎左衛門がいかに豪商だった事を偲ばせてくれる。
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昔昔のその昔、人に煙草を一本出して勧めることは普通に礼儀でもあった。そうそんな時代がありましたね。調理師なんかはそうしないと相手にしてもらえないほどだった。飛行機のビジネスでは煙草を無料で配り映画のヒーローは誰もがみんな吸っていた。それが今はどうだろう、世間から灰皿は消え、旅先で夜中に目が覚め一服するには外まで行かなければならないホテルも多い。喫煙を許されたレストランでも煙草を出すのさえ周辺を憚り、禁煙と書かれた喫茶店さえある。そんな世間に逆らって小生は今でもしぶとく化石的なヘビースモーカー人種。昔は進物に煙草も多く届いたが、今は皆無。でも今でも会いに来れば必ず煙草を持参してくれる親しい知人も居る。先日も中国から来日した方がいつもように小生に中国語で書かれたケントを届けてくれた。中国語だから本物か心配する人も居るであろうが、列記としたアメリカブランドのシンガポール製。吸っても普段と変わらずごく普通に健康に悪いはず(笑)価値観の移り変わりに想いを馳せながら、今日もデュポンのキーン!の快い音でまずは一服・・( ̄ー+ ̄)y-'~~~
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新学期から入学する孫達には勉強机が新調されたようだが、小生が15年ほど前から使っている仕事椅子はカリモク家具のモーションチェアー。この椅子以前にはハーマンやいろんな椅子も試してみたが、未だにこの椅子に優る腰掛にはお目にかからない。背もたれをリクライニングさせると座面は水平に前に出て太ものが持ち上がらないので負担が、かからずリクライニング時は気持ち良く足を伸ばせる。機能的にも優れものでかれこれ15年ほど経過しても、どの部分にも傷みひとつなくヘタリもないので、さすがカリモク家具だけのことはある。ちなみにトヨタのレクサスショップのお客様商談椅子は確かこの椅子のローバッグバージョンが使われていたはず、さすが世界のトヨタ、おもてなしに抜かりがない。しかるに車に金をかけるぐらいなら長時間使用する椅子に投資すべきと小生は想うのだが・・
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誰もが好むと好まざるに関わらず毎年一歳づつ歳を重ね、子供から大人へ大人から老人へと押し出される如く運命づけられるが、小生は歳を経ることにさほど抵抗はない。むしろ快く嬉しく思っている、強いて苦痛に感じるのは時折体中のあちらこちらでの老化による病ぐらいであろうか、しかしながら神様はよく適度な寿命の永さを創られたものだと感心する。もしも人間の寿命がみんな100年ぐらいあるならば、必ずや権力を盾にのさばる奴が出て若者は虐げられた環境から脱皮するのも楽ではないであろう・・分別が解りかけた頃に寿命の足音が聞こえてくるのは、身の程を知り妥協を覚えるのに頃合的にも宜しかろう。「人間50年、下天のうちをくらぶれば夢幻の如くなりひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか」 信長が好んだ敦盛の如く、所謂引き際こそが人としての正念場。あとは気侭に楽しみながら縁を待つのも悪くもない。昔から肝が据わっている人というのは、胆力が充実している(胆力とは物事に動じない気力のこと)。そのため書物には、「胆は中正の官」と記されており、公正な判断はここで下されることを意味する。一昨年胆嚢は手術で摘出されてしまって無いのだが、来週の誕生日には心機一転、胆生日と成りたし・・(笑)
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ロサンゼルスペンショーやワシントンペンショーと行かせてもらったが、やはりどうしても行きたいのはヨーロッパのペンショーでしょう、4月にはドイツのニュルンベルク・9月はオランダ のティルブルグにベルギーのワーテルロー・10月にドイツのハンブルグにイギリスのロンドンペンショーと続く。さて爺さんゆえ、全部は無理にしても何に焦点を合わせて何処まで散歩するか、迷うところだが、次回はなんとかペンランド店長を連れて行こうかと思うが、名前からタンク店長と突撃精神なので果たして無事に帰ってこれるかどうか心配だが、それもまたハプニングがあり面白いかも?(笑)
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孫たちが小学校・中学校・高校とそれぞれに進学、さぞかしこれからは一人前の空気を漂わせながら小生の廻りを占拠していくことであろう。同時に我が賞味期限も切れ始めた空気はその気配さえやがては感じなくなるだろう、しかしそれが普通であり極自然の成り行きと言うやつだ。小生にとっては『おめでとう』とはある意味『お疲れ様』を意識する、親にとって子供が無事成長してくれれば社会での責任をひとつ果たせたことをも意味するからである。あとは人それぞれ、考えも方向も自分とは多少の違いがあろうが致し方の無いことなのだ。別に無責任なわけでもなく、経験と反省こそが唯一逆う事が出来ない誠の教師になるのであるから・・ある意味見守ることこそ最大の愛とも言えるであろう。少なくとも多少の選択能力だけは教えたつもりなので、頑張って自分自身を探して欲しいと願う。
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先の事は解らないがPWCのレポートによれば2050年の世界の経済成長では1位中国2位米国3位インド4位ブラジル5位日本に続き6位にインドネシアと予想されるそうである。そんな中、日本は将来的に財政破綻の危険を横目に高い医療技術を将来のアジアにと今からすでに行動されている人材がここ中部には居られる。先月我々がジャカルタへ行った際、ガルーダ航空を相手に中部セントレア就航に再び誘致出来た事も夢を持って成せば成る精神、そんな方々との会食は小生にとって得るものも決して少なくない。とかく現実の問題にばかり目を奪われてしまいがちだが、遠くを見ながら一歩一歩夢の実現に向け近づく努力は年齢に関係なく怠るものではない。現実逃避と受け取られようが、夢は夢を呼び不可能な事でもいずれは実現する力こそ真の人間力なのだと小生は想う。会食美味しかったです(笑)
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ヴィンテージ萬年筆で多くの人が魅了されるフレックスニブ、つまり柔らかくペン先が撓りながら書ける表情豊かな文字。ボールペンでは不可能な文字でも萬年筆なら可能になる。多少コツも要るが慣れればとても美しく素敵な文字が筆記する度に味合う事も出来るのだ。ボールペンに使い慣れ比較的筆圧の高い現代人でもより文字表情が出せる萬年筆と言う筆記具に改めて惹かれる若者も多い。特に昔のビンテージなペン先は薄く鍛造ペン先も在ったことから柔らかくソフトなペン先の虜になるヴィンテージファンも決しても少なくはない。ゆったりと文字を書く人にはたまらない魅力だが、だからと言って萬年筆のすべてがそんな芸当で描けるはずもない。所謂フレックスペン先がそんな遊びを体験させてくれるのであるから、そこはくれぐれも御承知願いたい。それにしても萬年筆の様々な魅力を知り興味を深め試しに一本と今日もまたひとり明日もひとりと萬年筆ファンがペンランドカフェにて増殖していくのは、こそばゆくも喜ばしい(笑)
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小生の部屋に小さいFAXコピー機が一台入ると言うから隅の小さな机を片付けたら、でかいのが来た。いったいどこが小さいのかね?ここは事務所じゃないんだが・・とは言えカラーコピーも出来るそうなので了解したのだが、静かな小生の部屋(現社長室)もなんだか8月からは騒々しくなりそうな予感?またどっかに居心地良いとこ探すかぁ~~(笑)
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伝染力が非常に強く感染症法に基づく五類感染症に指定され届出の対象になっているとか、ヘンタイ道では趣味に没頭しひたすら収集を繰り返す現象をこのようにも言われている。一旦この病に侵されると、とにかく常識を超えて好きなモノを身近に置きたくなるから、やっかい。過去には小生もかなり重症の麻疹熱に魘され煩悩の為すがままモードだった事もある。ある時は車、ある時は椅子、ある時は腕時計、ある時はライターなどエトセトラ。無論万年筆などはその最たるものである。でも心配は無用、病だけあってやがていつかは覚めるもの。ただし消えることはほぼない。一度免疫が出来ても、再度抗原に接触することによって、さらに熱源は高まり抗体価の低下(減衰)により再感染することもある。いわゆる世にヘンタイと言われる所以である(笑)
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吾ながら腕時計に一時はまり、いろいろ数揃えてしまったが、社長を引退するにあたりいくつか後継者達に進呈する事にした。どちらも愛着のあるものだが、今後の期待を含め、細やかなプレゼントとする事にした。歳をとるとさほどモノに対する執着は姿を消し、かわりに人に夢を観たくなってくる。とは言えまだまだしたいこと、やってみたい煩悩は収まらず持って生まれた性分が変わるわけがあろうはずもなし(笑)
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