夢待ち爺散歩《yumemachi》 

夢は観るもの・愛は育てるもの・心は許すもの・明日は信じるもの

2016年05月

最近は気にしなければならない事も少なくなったが、人は老い先が見えてくると不思議に自分のルーツを知りたいという誘惑にかられるものだ。亡き母が先祖から引き継いだ寺の住職している弟から先日、寺の修復中に中国からの古びた郵便封筒が見つかり、中から1954年日付で父母の婚姻を認める中華民国(当時)の証書が同封してあるぞと連絡が入った。これまで中国籍の父と日本人の母との間には婚姻関係はないと思っていただけに衝撃的なニュースである。そこには父の広東省の実家の住所も記されており、あわよくば現地で親族が存在しているやも知れない。少なくとも弟が近年作成中の24世続く家系図の隙間をいくつか埋める事が出来るはず。是非近いうちにも中国でその所在の有無を確かめてみたい。大して意味のある事でもないが、それでも自分の中に流れる血がそうせずにはいられない衝動にかられるのである。中国と日本の歴史の中で翻弄されながら必死で活路を求めた生き様があったであろうと察するに足りる。今新たに中国での親しい人も少なくないが、出会いと別れが織りなす縁と言う小さな点の中でそれぞれの人生が絡み合い線で繋がるものである。
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中国での仕事を終え韓国から帰国の途中で体調を崩し、それでもなんとか帰国。頑張ったけど次の日は心ならずも救急車にやっかいになり、病院に運ばれてしまい実に情けない。散歩好きな爺さんも少し疲れてしまった様である。それとも韓国に祟られたか(笑)?明日の年次総会には元気に顔を出したいが寄る年波には勝てずやんちゃ爺さんは静かに静養する事にしよう。
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一週間ほど足(車)も無いので、ついでに仕事を兼ねてソウルー青島ー威海ー青島ーソウルと散歩して来ます。趣味の散歩なら楽しめるけど仕事ですから仕方なく美味しいものでも御馳走してもらう散歩して参ります。
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社長時代からお世話になった三台目クラウンが引き取られて行きます。小生は昔から座右の銘は『至真続信』、『去る者は追わず来る者は拒まず』をモットーとして来ましたが、自分を信じることができなくて去って行こうとしている人を引き止めない、 又、自分のことを信じて頼ってくる人は、どんな人でも受け入れる。という 心の広さを言った孟子のことわざ。自分のこだわりを捨て、他人の意志を 大切にするという意味があるようで、孟子自身が弟子を取る時に決めたやり方の1つだったようです。 「去る者」を「往く者(ゆくもの)」とする言い方もあるようだが、また、 過ぎ去ったことを、くよくよ考えるよりも、今ここに与えられたものを大切にしたほうがよい、 という意味もあるように感じます。自我に捉われず人を許す謙虚な勇気があればこそ、成り立つ事なのでありましょう。
GOODBYE-LOVE-LETTER

宮城県女川町の復興にかける人々のドキュメンタリー『サンマとカタール』の上映で乾弘明監督と益田祐美子プロデューサーが舞台挨拶があると言うので鑑賞させてもらった。脚本家の知人を通して益田祐美子さんとお会いしたがとても美しい感じの良い素敵な女性だった。映画ではあれだけの災害にも関わらず若い人たちの復興にかける情熱に胸を打たれた。難しい事でもめげずに挑戦しやり遂げる事は若い人だからこそ成せる技。至真続信(何事も信じ続ければいずれ真実に至る)
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月末に中国へちょい散歩、今の中国は病んでいるようだが多くの若い人在は極めて豊富で今も100名ほどは日本に招待している。中には困った人災もたまには居るが、それでも将来の中国を担う大切な未来の人財と夢観ている。日本で学び得たものを故郷で活かして欲しいものである。西洋哲学のまずは自由から常識への概念は東洋では疑問を持たざるを得ない昨今、やはり東洋哲学はまずは常識を学びて自由を求めるが自然のように想える。内面に活路を求めるか外面に対策を求めるのか、感性と理性の違いだろうと想う。手を合わせる合掌の対象が己にあるか神にあるかの文化の違いもあるのではないだろうか?そういう意味で、多くの世界の迷える国々は神?に手を合わせて居るのかも知れない。
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クラウンの車検が近づいたので、気分を変えたくて筋斗雲を買い替える事にした。新クラウンにすれば至れり尽くせりで何の不満もないのだが、もう役職を気にする必要もないし遊び心も恋しかったので小型のロードスターRFも頭をよぎった。しかし、いざ乗ってみたら狭くて腰が耐えられず却下。そこでペンランドへ行く途中にミニ(BMW系)のデーラーがあるので寄ったらミニクーパーのクラブマンが気になった。この新型クラブマンはミニとは言えサイズアップされ4270×1800×1470mmありプレミアム・コンパクトセグメントといったところであろう。どうせ人は、起きて半畳、寝て1畳と考えていた小生にはありがたい広さだ。ずいぶんいろんな車を転がしてきた爺さんには久しぶりの欧州車だが、年齢から言ってこれが最後の筋斗雲になるやも知れない。この車、何故か車内はイルミネーション等が賑やかで寂しがりな年寄にはボケ防止になるかも?まぁ少しでも若さを感じられ健康で楽しく散歩出来ればと考えている。さぁ~糸の切れた老いたる団塊凧は大人しく老人でいられるのか?(笑)
BMW MINI Cooper Clubman not mini it is Fun Amusing

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ひとりで車でも転がして宛のない旅に出よう、行き当たりばったりで気が向いたらとどまり飽きたらまたどこかへ行こう。伝書バトのように時折巣に戻っては出かけ出かけては戻る。景色に見惚れるも良し、温泉で侘しさを癒すも良し、辺鄙なところへ出かけては出会う事のない人とうつつを抜かし心を通わせるもまた爽快。肝心なのは生きている今を野放図に感じてみる無駄なひと時なのかも知れない。どうせこの世に天国は無いし青い鳥もいやしない。あるは叶わぬ夢をみて人を愛していたいと願う儚さだけである。止まり枯木で心置き無くひとり気が済むまで人を愛してみたい・・
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愛知県美術館で開催されている古代イタリアの黄金の粒金細工を観て来た。紀元前9世紀からローマ帝国が勢いを増す紀元前2世紀ごろまで栄えたエトルリア文明、近代以降発掘されたエトルリア人による高度な金細工技術(小さな粒を巧みに扱い0.15ミリを下回る髪の毛一本の太さに迫る)は素晴らしい。なんでもその接着技術は1930年代まで解明出来なかったそうだ。いい仕事は時代を超えた神秘の技なのであろう。お昼時で近くのオアシス21に鈴乃屋があり久しぶりに田楽味噌が懐かしく美味しかった。ごちそうさまでした。
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ぼちぼち居心地の良い死に場所を求めて再び家具屋へ行った。するとやはり有った、とても居心地の良い椅子が有った。カリモクのTHE FIRST(ザ・ファースト)だ、体に任せて心地よく安楽死に導いてくれるリクライナーなプレミアムチェアー。ノルウェーのストレスレスも悪くないが、死後硬直が始まった爺さんにはレバー無しはありがたいし革質はファーストが上であろう。さすがカリモク。見ざる聞かざる言わざるの夢待ち爺には誠に都合が良い。価格?死後の事は、よ~解らん
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